明歴歴露堂堂(めいれきれきろどうどう)心の目で見るとは:ビジネスで活かす禅語の意味

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こんにちは。マインドアプリです。

今回は明歴歴露堂堂(めいれきれきろどうどう)という禅語をご紹介します。

言葉見ただけだと何のことか全くわからないと思いますが、意味を理解するととても真理をついた事を伝えてるんです。

それでは早速紹介していきましょう。

明歴歴露堂堂(めいれきれきろどうどう)の意味とは

「歴歴」は物事が明らかな様子、「露」はあらわすとかあらわれるという事を意味しています。「堂堂」は堂々としている様を表現していて、妄想から離れた心には世界が一点の曇りもなく、はっきりと明らかに見えてくる事を意味しています。

禅では実践する事を重要視します。それは見ること、聞くことも同じで、実際に見ることや聞くことを実践し、曇りなく向き合う事で日々の生活を工夫してより良くする事、より真理に近づいていく事が修行なのです。

迷いや妄想が心の中にあると、真理が見えにくくなってしまいます。実際のものを見ずして聞かずして、本当に明らかになるものなんてないんですね。

皆さんの知っている自然は不変の真理です。何も変わらずそこに鎮座しています。

晴れた日の空は青いですよね?

季節ごとに決まった花が咲きますよね?

波は常に押し寄せては引いていきますよね?

山は常にそこにありますよね?

それこそが真理であり、真実なのです。自然は堂々と、そして包み隠さず明らかに私達の目の前に在ります。

ありがたい言葉にだけ悟りがあるのではなく、普段の自然の中や、小さな草、不動の山にも真理があるのです。

この明歴歴露堂堂という禅語にはしっかりとその目を開き、耳を開き、真理をその五感で感じ取りなさいという意味が込められています。

日常の忙しさに流されて、自分自身そうできていないなと反省の気持ちも出てきますね。

ビジネスでの活用シーンは?

仕事をしていると、さまざまな方面から良い報告、悪い報告が舞い込んできます。

しかし、その報告だけで全てがわかった気になっていませんか?

真理を求めるなら実際に自分の目でたしかめるのが最も正確に事柄を捉える事ができます。人伝いに聞いた情報だと、自分自身が判断するに至る情報は不足しているのです。

特に悪い報告やトラブルなどは自分の目で確かめるようにしましょう。

まさに「明歴歴露堂堂」なのです。物事がはっきりとするとそこに真理が現れます。それがまさに堂々と自分の意見としてアウトプットする事ができます。

まさに実践を重んじる禅の考えらしい考え方ですね。日々の生活、仕事の中でしっかりと真理を求める事、これこそが禅の考え方を生かした仕事の仕方だと言えますね。

まとめ

世の中には説明や理屈で うまく解説できないことで満ち溢れています。

「悟り」もその一つかもしれませんね。

はっきりわからない事だからこそ、自分自身で動き、感じ、悩み、少しでもそこに近づいていく努力が必要なのです。

いかがでしたでしょうか。

今日はこのへんで。

最後までありがとうございました。

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