名利共に休す(みょうりともにきゅうす)名誉もお金も要らない覚悟とは:ビジネスで活用する禅語名言

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こんにちは。マインドアプリです。

茶道を完成させたことで皆さんもご存知の千利休(せんのりきゅう)ですが、元の名は千宗易(せんのそうえき)、今回ご紹介する禅語からその名前を取って「利休」にしたという話があります。

人がなにかを求めること、俗に欲求と呼ばれますが、そんな当たり前の事について禅の解釈と戒めを説明しているのが、この禅語です。

どのような意味の禅語なのでしょうか。

それでは早速ご紹介しましょう。

名利共に休す(みょうりともにきゅうす)の意味

この禅語は「名誉を求めるのも、お金を求めるのもやめてしまえ」という意味を持つ禅語です。

人間は欲望の塊、仏教の世界ではこの欲求を5つに分類し、「五欲」や「五塵」と呼び、煩悩を生じさせる最も厄介な原因だと捉えています。

その五欲とは

  • 食欲
  • 性欲
  • 睡眠欲
  • 名誉欲
  • 財欲

です。みなさん、どれも生きている限り少なからず持ち合わせている欲望ではないでしょうか。

前者3つは生理的な欲求で年齢を重ねる毎に減衰していく欲望だと言えます。

それに対して後者の「名誉欲」と「財欲」は歳を経る毎に強くなっていく欲望だと言われています。

禅の世界ではことこの2つの欲求について戒めます。名誉や利益を外の世界に求めない「無事」の境地を得ることこそ、禅の第1の修行であるという考えなのです。

「無事」とは「無事是貴人」で表される自分の中の純粋な魂のことを表しています。それを追い求めることこそ貴いことであるという意味ですね。

外に求める名利(みょうり)をやめて、自分の中の無事を追い求めよという戒めの意味を含む禅語なんですね。

名利共に休す(みょうりともにきゅうす)の由来

この禅語の名利は「名聞(みょうもん)※名誉の意」と「利養(りよう)※お金、財産の意」の略です。

禅宗の高僧である道元禅師は「修行者は名聞利養にとらわれてはいけない」と説き、総持寺を開いた瑩山禅師(けいざんぜんじ)も「名聞利養は悉くこれを近づくべからず」と名利を追い求める事を戒めました。

この「名利共に休す」という禅語はそんな戒めより生まれた禅語なのです。

ビジネスでの活用について

この禅語を正しく理解した上でビジネスに活用するのは正直難しいのではないかという疑問が自分の中に沸きました。

それはビジネス自体が資本主義的な考え方から成り立っていて、モロに名利を求めていると言えるからです。

給与を得るために働き、昇給するために目標を立て、役職名を得て偉くなるために目標をクリアする。仕事をしていると当然の行動ですよね。

しかしこの禅語のエッセンスだけは活用できるのではないでしょうか。まずは本質は置いておいて。ですが。

給与を上げたい、偉くなりたいは誰にでもある感情ではないかと思います。

しかし、今目の前にある仕事はそれが本質的な理由はないのではないでしょうか。

物販でもサービス提供でも、誰かの役に立ちたい、誰かの役に立ちたいと言うことがまず根本にあって、そこに利益が発生します。

何かで助かった人はその見返りとして金銭を支払うからですね。

なのでまずは誰かの役に立つために仕事をすると言う気持ちで望むべきなのではないでしょうか。そうすると自分自身の「無事」に従い、顕在化した物事の結果として財を得る事になります。

結果的に現れた財で豊かになることはなんら戒められることはありません。むしろ豊かなことは良いことです。

名利を求めて行動するのか、それとももっと本質的な何かのために行動するかで、自分の心の持ちようも随分変わってくると言えるでしょう。

まとめ

茶道を完成させた利休も、この本質的な気持ちを持って、客人を招き、茶でおもてなしをしたいという気持ちで、茶を立てていたのではないでしょうか。

結果そこから国宝になるような茶器が生まれたりしています。

全てを捨て去る勇気はなくとも、本質を追い求めることこそは出来そうなきがします。

そこで結果が出れば「あ、本当だったんだな」って思えるのではないでしょうか。

今日はこの辺で。

最後までありがとうございました。

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