両忘(りょうぼう)どっちでもいいじゃないかの精神:ビジネスで生きる禅語名言

スポンサーリンク

こんにちは。マインドアプリです。

みなさんはこだわりってありますか?

この置物はこの位置じゃないと落ち着かないとか、これは悪いことなのか良いことなのか、自由なのか不自由なのか。

人間は白黒はっきりつけたがる生き物。しかし、グレーなものって結構あります。曖昧なものって許せますか?

今回はそんなことを一刀両断してくれる禅語を紹介します。

それではスタート!

禅語の由来

この両忘(りょうぼう)という禅語、よく禅の世界では使われるこの言葉ですが、どこに書いてあった言葉なのか、誰が言い始めた言葉なのかははっきりとわかっていません。

何千年という歴史の中で育まれたものなので、そういう言葉もありますよね。

口伝で伝わっている禅語です。

禅語の意味

生死、強弱、苦楽、善悪、それぞれが相対的な対立をしている言葉があります。

私たちの生活の中にもこんな相対する状況は日常的に存在します。

そんな相対的な考え方を忘れ、二次元的な考え方から脱することを示したのが、この「両忘」という禅語になります。

「内外両忘」、「善悪両忘」、「両頭坐断」などの言葉も同じ意味で使われる言葉です。

生きていくなかで、どちらかを選ばなければならないという状況はよく発生します。

好き嫌いから始まり、真偽、美醜、光陰、昼夜、生死など、対立する事柄で世の中は成り立っているとも言えます。

「万引き家族」も両忘?

21年ぶりにカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞した是枝監督の「万引き家族」も家族と孤独、善と悪、愛と無関心などの相対するものを扱う映画です。

公開前なのでまだ見ていませんが、これも両忘で考えると、犯罪ではありますが、万引きという行為が果たして悪いことなのか、良いことなのか、そんなことを語りかけてくれる映画なのかなぁと想像しています。

公開されたらもちろん見ますよ!

こだわりを捨てて、執着を捨てて、生死を捨てて、自分の内側と外側さえも忘れる、いかにも禅らしい禅語だと言えます。

ビジネスシーンでの活用方法

仕事の進め方の細かい部分にこだわる人っていますよね。

よく見かけるのが作られた文章の査読をする際に、言葉の使い方にまで細かく伝えるというものでしょうか。

大半は好みの問題で、資料全体として見たいときに、特に支障ないものです。

ではなぜそんなことにこだわるのか、指導する側の器が小さいのかもしれませんね。人の教育をしたことがある人はそんな経験ってありませんか?

どうしてもその人の箸の上げ下げまで気になってしまい、細かい部分まで指導してしまうということ。そういう指導をするという前提であればいいかもしれませんが、大概は時間の無駄に終わってしまいます。

自分と全く同じコピーを作り出すこと自体が無駄なことだといえます。

その人なりの色が混ざり合い、初めて指導が活かされると思いませんか?

それが人間であり、人生であり、成長であると言えます。

まとめ

好きも嫌いもなく、全てをあるがままに受け容れること、まさに禅らしい考え方です。

私たちのもつこだわりはいかに小さいものか。大概はその人の経験の中から生まれたことですが、その経験がどれだけ正解なのか、ましては間違いでもありません。

そんな中で自分のこだわりに執着すること、それ自体が視野を狭めている可能性も十分あり得るんです。

人の可能性は無限大、白がいいとか黒がいいとかそんな細かいこだわりは捨てて、受け容れることを実践してみませんか?

今日はこのへんで。

最後までありがとうございました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。