照顧脚下(しょうこきゃっか)何事も足元から:ビジネスで活用する禅語名言

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こんにちは。マインドアプリです。

今回は照顧脚下(しょうこきゃっか)という禅語をご紹介します。

目標はなるべく高く!大きな志を持って!などという言葉、仕事をしている人は嫌という程聞かされている言葉ではないでしょうか。

確かに大事だけど。。。もっと大切なことってないですかね?今回の禅語はそんな言葉です。

それでは始めましょう。

照顧脚下(しょうこきゃっか)の意味

照顧脚下(しょうこきゃっか)は

「日々の生活の中では足元さえしっかりと照らし、日々を顧みるべきである」という意味の禅語です。

自分を常に振り返りなさいという戒めの言葉なんです。

「灯台下暗し」ということわざもある通り、意外と自分の足元は目が届かないものです。

あえて足元に意識する事で今の自分をしっかりと振り返りなさいという意味が込められています。

靴を揃えるという事

この禅語の由来ははっきりしていません。

禅宗の玄関(玄関も禅から生まれた言葉ですが)は仏道に入るための幽玄な関門とされていて、とても厳格な場所なのです。

お寺の敷地や神社の境内など、一方足を踏み入れると不思議な感覚を覚えますよね。

禅寺の玄関は誰でも入れるわけではない、非常に厳かな場所の入り口なのです。

道場やお寺などの玄関にはこの「照顧脚下」や「看脚下」などの立て札が置かれています。

これは「靴を揃えなさい」という意味も含みますが、「靴を揃える事で自分を顧みなさい」という意味も含まれています。

靴の脱ぎ方、揃え方は人それぞれですよね。でもそこから見える人間性って結構的をえていると言えます。

靴を脱ぎっぱなしにする人はどこか荒いというかズボラだったりします。

靴を揃えておくと次の人も自然と揃え始めます。自然とそうなっていくので不思議なものですよね。

ビジネスでの活用方法

ではビジネスシーンにおいてどのような事を意識するべきでしょうか。

最初にも書きましたが、ビジネスでは必ずといっていいほど「目標」が掲げられます。自分自身に対しても目標を設定するでしょう。

その目標は大体が自分ができる事以上の目標を課されるのではないでしょうか。

それ自体は間違いではありませんし、自分を成長させるという意味においては重要なものだと思います。

しかし、目標を追いかけすぎて、足元がおぼつかなくなっては本末転倒。たまには自分を顧みることも非常に重要だと言えます。

将来が必ず明るいのかどうか

こんなことを言うと、夢も希望もないかもしれませんが、皆さんの将来は必ず明るい未来が待っているのでしょうか。今よりももっと良くなるのでしょうか。それは誰にでもそうなのでしょうか。

人生、そして未来は誰にも予測できません。良くなるとも言い切れませんし、良くならないとも決められません。

なので、今日、そして今この瞬間を精一杯、一生懸命に生きるのです。

それを毎日繰り返すことが禅の修行だと言えます。

今見えているもの、自分の手の中にあるものを顧みずに、その先ばかり意識しても無駄なことなのです。今見ているもの、手の中にあるものにこそ、真理が隠されていると言えます。

しっかりと足元を顧みて、確実に一歩ずつ進んでいきましょう。

まとめ

同じことを繰り返す、確実に一歩を進めていくというのは案外難しいことです。

飽きっぽい人だと、なかなか一つのことを継続すると言うのが難しいことだと思います。

しかし、確実な一歩が確実な自己実現に繋がります。一歩一歩は小さいですが、気がつけばかなり遠くまで歩いていたことに気がつくはずです。

いかがでしたでしょうか。今日はこの辺で。

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