可及其智 不可及其愚(そのちにはおよぶべきもそのぐにはおよぶべからず)馬鹿になれ!:ビジネスにおける禅語名言

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こんにちは。マインドアプリです。

今日は「可及其智 不可及其愚(其の智には及ぶ可きも、其の愚には及ぶ可からず)」という禅語をご紹介します。

アントニオ猪木が言いました。

「馬鹿になれ」と。

あなたは馬鹿になれますか?

それではスタートです。

「可及其智 不可及其愚(其の智には及ぶ可きも、其の愚には及ぶ可からず)」の意味

この禅語は「利口になるのは簡単だが、馬鹿になるのははるかに難しいことだ。その馬鹿にあなたはなれるか?」という問いかけの意味を持つ禅語です。

直訳すると「智を得るのは簡単だが、愚になるのは簡単ではない」と言った意味でしょうか。

悟りに至ったとしても、悟りに至ったという自我も捨てきれなければ真の悟りではないという事を「愚」という言葉で表現しています。

自らを「愚」と称する理由とは

馬鹿という表現が適当なのか少し疑問ですが、「愚」という言葉がそれにあたります。

しかし、この愚という言葉は意外と奥深い言葉なのです。

江戸時代の曹洞宗の僧、良寛は自らの名前を「大愚良寛」と名乗っていました。親鸞も自らを「愚禿(ぐとく)」(愚かな坊主)という名前を名乗っていたそうです。

「愚」とは馬鹿という意味ではなく、何かを極めた事自体を捨て去り、一切の執着から解放された状態というべきでしょうか。

知識がある人間であっても決して奢らず、慢心しない姿、そして知識がある事をひけらかさない、それが「愚」であると言えます。

「策士、策に溺れる」ということわざがあるように、賢い人、利口な人はその知識や才能に頼る事がやめられなくなります。

良寛も親鸞も、悟りの境地に達したとして、その事を自慢げにひけらかしてしまわないように、自らの名前に「愚」を表し、自らを戒めていたのでしょう。

ビジネスシーンでの活用方法

同じ仕事を続けていると、その経験から自然と知識が醸成されていきます。そしてその道のプロとして活躍していきます。

人は成功し始めるとそこに慢心が生じます。

自分は出来るという慢心が目の前を眩ませてしまうのです。

「調子に乗る」とか「天狗になる」とかがこの状態でしょうね。

そうするとすぐに足元をすくわれます。

最近よく聞く国会議員のセクハラ問題なども、慢心が故に起きた事案だと言えますね。

常に謙虚である事、知識や経験をひけらかさない事、それこそが真の智者であると言えます。

まとめ

インプットした情報はアウトプットする事で記憶に刷り込まれ、忘れなくなるそうです。

おしゃべりな人が本当にいろんな事を覚えているのはそんなメカニズムが影響しているのかもしれません。

しかし、アウトプットの仕方が自慢のようになってしまうと本末転倒です。

常に謙虚に、「馬鹿になれ!」

今日はこの辺で。最後までありがとうございました。

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